家族の支えと積み重ね…躍進へのカギ握る新人選手の“原点”「ファンに愛される選手に」ファイターズ
2026年こそは10年ぶりのリーグ優勝・日本一をねらうファイターズ。
躍進へのカギを握るのが、新入団の選手たちです。
選手や家族への独自取材から、1人1人の野球人生の「原点」を探りました。
「刺せるストレートで圧倒」ドラフト1位・大川慈英投手
注目のドラフト1位・大川慈英投手!
明治大学時代から試合を締めくくる「クローザー」として登板。
最速155キロのストレートで相手をねじ伏せてきた“パワーピッチャー”です!
(大川慈英投手)「自分の武器は刺せるストレートで強気に圧倒していくところ。そこをプロ野球でもしっかり見せて結果を残していきたい」
そんな慈英投手は、元総合格闘家の父・政則さんと、バレーボール選手の母・千穂さんというアスリート一家の生まれ。
(大川慈英投手)「家庭内の会話はスポーツのことが8割以上だった。そういうところで自分の意識が上がっていった部分はある。これからも一緒に家族とともに戦っていきたい」
1996年のアトランタオリンピックにも出場した母の千穂さん。
ある場所に案内してくれました。
(母・大川千穂さん)「私がビーチバレー選手だった時に練習しながら慈英が幼少の時に遊んだ場所です。この坂ですね。私もトレーニングでやっていたが、ダッシュで駆け上がる。砂浜でこういう坂があるところはなかなかないんですけれど、子どもたちはなかなか登れないので、そこが足腰を鍛えられたかな」
実家のある神奈川県平塚市の砂浜です。
幼いころから「遊びながら」自然と体を鍛え上げた、まさに慈英投手の“原点”の場所です。
ここで培った足腰を生かしてプロの舞台に挑みます。
(大川慈英投手)「相手の球団には絶望を与える投球を、ファンの皆さまには信頼して安心して見ていただける投手になりたい」
「遊び相手は壁」ドラフト3位・大塚瑠晏選手
続いてドラフト3位・東海大学の大塚瑠晏選手です。
エスコンフィールドで開催された日米大学野球に日本代表として出場。
即戦力として期待されています。
(大塚瑠晏選手)「自分の売りは守備なので、スピード感のある守備が自分の売りなので、そこを生かしながらスピードで勝負したい」
世代ナンバーワンとの呼び声も高いのが、ショートの守備。
軽やかなグラブさばきを身につけた裏には、幼い頃からの「積み重ね」がありました。
(大塚瑠晏選手)「実家のそば屋に壁があるんですけれど、ひたすら投げて捕ってやっていました」
栃木県鹿沼市にある、実家のそば店です。
たしかに、店のそばには壁がありました!
(父・大塚友英さん)「この角度でやっているんです、こんな感じです。遊び相手が壁という感じ。まず瑠晏と言えば壁当てというのが第一、バット振るより壁当てというのが記憶には残っている。そこが原点という」
(大塚瑠晏選手)「壁がデコボコなところもあるんですけれど、そこにわざと投げて走って捕ったりしていたので、それが生きているかなと思います。チームを勝たせる、日本一を目指してやっていると思うので、そこに貢献できる選手、そしてファンの皆さんに応援されるような愛される選手になりたい」
「家族一丸でサポート」ドラフト4位・半田南十選手
そしてドラフト4位、神奈川県・日大藤沢高校の半田南十選手です。
巧みなバットコントロールが売りで、高校生トップレベルのショートとして期待されています。
このバッティング技術を身に付けた原点が…
(半田南十選手)「小さいころは家の中で練習。お母さんお父さんにボールを投げてもらったりして遊びで野球をやっていたのが楽しくてやっていたが、それからだんだん成長して遊びから練習に変わっていった」
畳の上でバットを振り抜く南十選手。
父の朋基さんも当時をこう振り返ります。
(父・半田朋基さん)「遊びの野球ごっこの延長が今につながっているんじゃないか。テレビで野球中継を見ながら金属バットを振り回していた。小学校1年の七夕の短冊にプロ野球選手になりたいですと書いてきたので、これはおもしろいと思って家族一丸となってその夢をかなえようと、いろいろなサポートをして今に至る」
(半田南十選手)「親のサポートがなければここまで自分は成長できていないので、本当にお父さんお母さんに恵まれたじゃないが、練習だったりいろいろな面で家族にサポートしてもらったので、ここからがスタートなので、これから楽しませてあげられるような活躍を両親に見せられたら」
“生粋の道産子” ドラフト5位・藤森海斗選手
最後に紹介するのはドラフト5位・藤森海斗選手。
生粋の道産子でありながら、中学から高知県の名門・明徳義塾へと進んだ異色の経歴を持ちます。
(藤森海斗選手)「自分は北海道根室市出身で、ずっとファイターズに入りたくてここまでやってきた。出塁率と足と肩には自信があるので、1番キャッチャーとして出られるようにがんばりたい」
海斗選手の地元・根室市を訪ねると、JRの駅に横断幕が掲げられていました。
それをよく見ると…「根室駅社員家族」の文字が。
そう、海斗選手の父・塁さんはここで駅員として働いているんです。
かつて社会人野球のJR北海道でプレーしていた塁さん。
海斗選手が小学生時代に所属していた少年野球チームでも監督として指導してきました。
そんな塁さんが教えてくれた海斗選手の原点となる場所は…
(父・藤森塁さん)「明徳義塾に行ってからも、帰ってきたら必ずここで練習していますね」
高知から帰省するたびに毎日訪れていた倉庫です。
少年野球の練習場でもあります。
(父・藤森塁さん)「野球を始めたときから毎日練習するのが日課だったので、子どもたちには私の時間9割以上使って、本当に野球でつながっている親子だと思う。野球で最高の結果を残してくれたのは、本当に親孝行だなと思います」
(藤森海斗選手)「地元の球団でプレーできるのはとてもうれしいことですし、自分が中学から(高知に)行って帰省した時にも父が毎日練習に付き合ってくれたりとか、成長できたのも父ががんばってくれたり支えてくれた部分が大きいので、地元のエスコンフィールドで1軍で活躍している姿を見せたい」
1月7日からは千葉県鎌ケ谷市の2軍施設で新人合同自主トレが始まり、いよいよプロ野球のスタートラインに立ちました。
(新庄剛志監督)「入ったからには1年目も10年目も僕の中では関係ないので、キャンプで見てこの選手レギュラー取れそうだなと思えば取れるだろうし、つかんでほしいですね、もう本人次第なので」
それぞれの原点から一歩ずつ成長を重ねてきたルーキーたち。
チームを10年ぶりの日本一へ導くためにも、新人選手の活躍に期待がかかります。