ニュース

NEWS

震度7襲った熊本へ「恩返し」むかわ町の職員が現地へ…北海道から支援広がる 胆振東部地震から8年

北海道が震度7に襲われた胆振東部地震から8年。

あの日の記憶を胸に、2026年は特別な夏を迎えた人たちがいました。

あの教訓を次の災害にどう生かしていくのかー

その答えはいままさに、支援の輪が広がる被災地にありました。

STVのカメラが熊本に密着しました。

胆振東部地震から8年…あの時の「恩返し」をいま

北海道で初めて震度7を記録した、2018年9月6日午前3時7分。

44人の尊い命が犠牲にー

あれから8年。

2026年も厚真町にあの日がやってきました。

厚真町の隣町・むかわ町は震度6強に襲われました。

2026年は特別な夏にー

(むかわ町 飛岡雅幸さん)「胆振東部地震の際にいち早く(熊本県)御船町の職員の方が駆け付けてくださって、支援をいただきました。その恩返しという意味もあるのかなと」

(むかわ町 栃丸直士町長)「我々が御船町に支えていただいた分を、恩返しということで。頑張ってください」

8年前の恩返しを今こそー

多くの町民の思いを背負い、職員3人が熊本に向かったのです。

むかわ町の職員が熊本の被災地へ

(百瀬記者)「こちらの住宅は車に覆いかぶさるように、崩れ落ちてしまっています」

7月28日、熊本県を襲った“震度7”。

大地を真っ二つに引き裂いた、巨大な断層。

自然の驚異の前にもろくも崩れ落ちた高速道路。

地域の暮らしに欠かせない商業施設の爆発事故は、全国に衝撃を与えました。

(百瀬記者)「こちらの地域では、家の瓦が崩れたり、家屋が倒壊したりするなど、深刻な被害を受けています。下には川が流れていたが、その川に向かって、住宅が崩れ落ちています」

(百瀬記者)「2軒続けてでしょうか、全壊。すごいな…」

この男性の住宅も一瞬にしてこの状況です。

(住民)「もう住むところじゃない」

自宅隣の車庫で送る避難生活。

(百瀬記者)「お父さん、お母さんは避難所には行かない?」

(住民)「避難所はきつい。食べ物がパンや水ばかり。ここでご飯炊いたり、差し入れがあるから。ボランティアでベッドを持ってきてくれた」

熊本県・御船町で…被災した経験を胸に「恩返し」

熊本市の南東に位置する御船町は震度6弱に襲われました。

生活再建の鍵を握る罹災証明書の申請の窓口に…

(むかわ町 阿部俊介さん)「一次調査は役場職員が随時おもむき行うため、事前の日程の連絡は行いません。連絡しないで見に行きますよということです」

むかわ町の阿部さん、飛岡さん、高尾さんの姿がー

(被災者)「10年前はありましたもんね?全部舗装し直したんですよ。事務所と倉庫を建て直した。そのときグループ補助金がありましたもんね?」

(むかわ町 阿部俊介さん)「ちょっとグループ補助金がわからないんですけど…」

(むかわ町 飛岡雅幸さん)「お預かりしていいですか」

(御船町の職員)「確認ができなかったとしても、罹災証明書の発行自体は出来るので」

地理も暮らしぶりも不案内な熊本。

しかも、普段の業務にはない手続きに戸惑いの連続ですが…

(むかわ町 飛岡雅幸さん)「我々も8年前そうだったのですが、職員も被災者なんですよね。御船町の職員の方々が少しでも睡眠がとれるように休めるように、我々が支援をしていければいいのかなと思う」

ともに「恐竜のマチ」として、災害時の相互支援協定を結んでいたむかわと御船。

8年前のむかわの危機にいち早く駆けつけたのが、御船町だったのです。

(御船町 高橋寛敦さん)「私たちが(2016年の)熊本地震のときに、地震が起きてから何をしなければいけないのかというのが全くわからなかった。むかわ町も同じような状況だったのかなと」

(御船町 嶋崎美輪さん)「私たちはあくまでもこういう経験をしました、ここで混乱がありました、そういう話は少しでも役に立てたのかなと思います」

住宅の倒壊、終わりの見えない断水。

被災した自治体だけの力では解決できない現実を、お互い身に沁みてわかっているのです。

「猛暑」「酷暑」に立ち向かう

今回の熊本地震の大きな特徴。

それは「猛暑」そして「酷暑」です。

命に関わる危険を伴いながらも汗を流すボランティア。

その支援に帯広の建設会社が名乗りを上げていました。

(宮坂建設工業 車久司副社長)「休憩所と男性・女性の更衣室を設置している。外気温から10℃くらい低くなる。クーラーとスポットクーラーを入れているので、結構涼しくなる」

(ボランティア)「疲れがだいぶとれる。これがあるとないとじゃ全然違う」

この建設会社は、毎年秋に帯広で独自の防災訓練を重ねてきました。

寒い時期の避難生活となった胆振東部地震では、温かい炊き出しで被災地の手助けを。

そして今回は過酷な「暑さ」に応じました。

培ってきた経験があるからこそ、被災状況に合わせ、臨機応変に支援できるのです。

(宮坂建設工業 車久司副社長)「特に十勝沖は(地震が来ると)言われているので、それに備えて何が対応できるか日々考えている」

自治体同士の経験に基づく支援や、民間の迅速な動き。

こうした垣根を越えた連携こそが過去の教訓の現れだと、専門家は話します。

(北海道大学 高橋浩晃教授)「今回の災害の大きな一つの良い点なんですけれども、災害関連死がこれまでに比べるとかなり抑えられている。10年前の熊本地震の教訓を踏まえて自治体がかなり準備をしていて、九州内そして全国からの応援、これも非常に大きな力になったんじゃないかなというふうに考えています」

1週間にわたる熊本での支援を終えた飛岡さんたちが、地元・むかわに戻ってきました。

思いもひとしおです。

(むかわ町 飛岡雅幸さん)「例えば罹災証明なんていうのは、こういう震災がなければない仕事なんですよね。こういうのがあるというのをわかっているだけでも、経験値としては一歩上がっているんじゃないかなと。地震はないことが一番なんですけど、逆にいつくるかわからない。日ごろからの備えが大切なんだと思う」

2018年の「胆振東部」の経験を熊本の力にー

北海道からの支援の手は被災地で奮闘していました。

8年前の「恩返し」のためにもー

09/20(日) 08:12

ニュース

北海道の最新ニュース STVニュース24