50年間つながる人形劇場 札幌市「こぐま座」記念公演 地域に根付く劇場のこれから 北海道
7月25日に札幌市のこども人形劇場「こぐま座」が50周年の記念公演を行い、大盛況でした。
公演の数は年間200回以上、我が国にほかに類を見ない人形劇場の50年、そして“現在地”に迫ります。
日本初!公立の「人形劇専門劇場」こぐま座
25日夜、中島公園には子どもたちの笑顔があふれました。
札幌が誇る人形劇、節目の記念公演です。
「札幌市こども人形劇場こぐま座」。
7月24日、開館から50周年を迎えました。
いまも変わらぬ36平方メートルのステージに、90席ほどの客席。
この場所で札幌の人形劇の歴史を紡いできました。
いまも公演数は年間200回、来場者は1万人。
50年前、当時の板垣武四市長が姉妹都市ミュンヘンで、人形劇を熱心に見る子どもたちに感銘を受け、「札幌にもぜひ!」と、こぐま座は誕生しました。
我が国初の公立の人形劇場です。
こぐま座の歴史を知るひとり・矢吹英孝さんです。
およそ40年前からこぐま座とともに歩み、5年ほど館長を務めたあと、現在は芸術監督です。
(矢吹英孝さん)「当時は社会人であったり学生さんであったり。(こぐま座に入ったころは)お母さん方、主婦の方々が主力となっていたんですよ」
初期のこぐま座を支えたのは「大学生のサークル」や「お母さん劇団」。
しかし、50年の流れが人形劇の担い手を変えていきます。
(矢吹英孝さん)「お母さん方もだんだん少なくなってきて、社会人の方もやっぱり忙しい。じゃあ次は何かと考えたとき、今度は子どもたちが実際にやって演じる」
主力は「母親」→「子どもたち」へ
50周年の記念公演を担うのも若い世代が中心です。
複数の人で1つの人形を動かす、大規模な人形劇に挑戦するというのです。
(沢則行さん)「きちっと分けちゃうと不自然なんだよね、セリフと動きを」
今回監督を務めるのは、北欧を拠点に活動する世界的な人形劇師・沢則行さん。
矢吹さんの大先輩でもあります。
(沢則行さん)「(こぐま座の)1週間の稼働率って100%を超えているんですよ。つまり人が溢れている状態なんですよね。ものづくりしたいっていう人が。それは珍しいですよね。札幌ってこういう子たちいるんだねっていうのを感じ取ってもらえる作品にしたいと思います」
(記者)「練習の出来は?」
(参加者)「めっちゃいいと思います。先輩方関係なくめっちゃ絡めて良かった」
(記者)「練習の出来は?」
(中村奏太さん)「あんまり」
(参加者)「あんまりなの?」
(中村奏太さん)「お腹空いて覚えてない」
人形劇に魅了され…「楽しく綺麗に見えるように作りたい」
12歳の中村奏太さんも人形劇に魅了されたひとりです。
自宅に保管されている数々の人形は、奏太さんの歩みの証しです。
小学2年生の時にこぐま座の矢吹さんと出会い、人形劇の道に進んだ奏太さん。
いまではー
(中村奏太さん)「先生、わたし全然眠れなくて目の下にこんなくまが出来てしまいました」
妹の音々奏さんらと自らも人形劇団を結成。
全道的なコンテストで2年連続優秀賞をもらうまでに。
(母・愛衣子さん)「習い事とかとしても色々やってはみたけれども、ずっと続けていきたいって言ったのは人形劇だけだと思いますね。彼にとっての居場所にちゃんとなっていっているというのが分かる」
(中村奏太さん)「矢吹さんは人形を作る時にすごい楽しそうな顔で作るんですよ。それでいて綺麗に見えるように作る。楽しく綺麗に見えるように作れるようになりたい」
(矢吹英孝さん)「ここは中島児童会館です。普段はここで作業をしている。これが今回のブレーメンの音楽隊の人形たちです。出演は60人ぐらいいるんですよ。世界各国の子どもたちが札幌に集まって、今回野外なので大きめの人形を用意した。本当に(時間が)ない。大丈夫かなって話ではある。ここにいる皆さまが優秀な美術スタッフです」
50周年を飾る記念公演は「ブレーメンの音楽隊」。
初めての試みで、世界の子どもが参加します。
本番まで2週間。
裏方のスタッフも力が入ります。
公演までいよいよ残り5日。
2泊3日の合宿には、世界6か国から参加者が合流しました。
ハンガリー語やタイ語も織り交ぜるグローバルな人形劇。
完成が近づき、矢吹さんの表情も少しずつ笑みが増えました。
(矢吹英孝さん)「今ですか、そうですね(完成度は)70%ぐらいだと思います。あとは皆さんの気合ですね」
こぐま座50周年の記念公演 900人に迫るほどの観客が!
こぐま座半世紀の集大成。
幕が上がるのはもうすぐです!
7月25日、こぐま座50周年記念公演。
会場には900人に迫るほどの観客が。
50年の歴史が詰まった「ブレーメンの音楽隊」、いざ!
人形劇の固定観念を覆すような、多くの仕掛けを施した大胆なステージ!
50年紡いできたものを、20分の「ブレーメンの音楽隊」に凝縮しました。
(観客)「めちゃくちゃ面白かった」
(観客)「上から下とか建物が使われているところとか180度見渡せるところがよかった」
「50年の瞬間」を担った矢吹英孝さんも、「次の50年」へ思いを馳せます。
(矢吹英孝さん)「この50年があるのは本当に我々の先輩たちのおかげです。それをまた次の50年に向けて渡していかないといけない。この子たちがいるので安心してバトンを渡せるだろうなと思っています」
札幌の人形劇の歴史を紡いで半世紀。
50周年記念公演のエンドロールは流れましたが、次の50年へのファーストシーンは始まったばかりです。
