「富良野に住んでくれて感謝」倉本聰さんが遺したもの マチにはファンの“聖地”も…北海道富良野市
倉本さんの訃報をうけ、北海道富良野市を訪れていた人はー
(帯広から来た人)「北の国からはもちろん、本をたくさん書いていて。北海道弁がよく出てきて好きでした。富良野といったら北の国からなんだけど、すごく寂しいですね。倉本先生亡くなっちゃうと」
(東京から来た人)「北海道の本当の魅力や美しさを綺麗に見せてくれて、私たちに感動を与えてくれたのは(倉本さんの)大きな功績だったのかな。北海道に来ようかなと思わせてくれるような」
富良野産の小麦を石うすで挽いた自家製麺や、魚介や鶏でとったしょうゆスープなど、地産地消にこだわったラーメン。
倉本さんが愛したラーメンです。
「北の国から」のロケ地にも近い、富良野市麓郷のラーメン店。
倉本さんはこの店に定期的に訪れていたといいます。
(富良野とみ川 富川哲人さん)「1年に2回か3回『富川どこにいるんだ?』とぼくがいる店舗に必ず来てもらって先生に食べてもらっていた。先生が一番大事にしている、贅沢はいらない『生きるために食べる食事を君が作っている』と評価してくれていた」
富川さんが生前の倉本さんに最後に会ったのは、2026年5月でした。
(富良野とみ川 富川哲人さん)「麓郷の桜並木の清掃のときに、ラーメンを参加してくれた人にふるまうときに、先生に最後会った。『本当にいつもありがとう』と頭を下げてくれて」
富良野市の麓郷街道で毎年春に咲くエゾヤマザクラ。
「北の国から」の放送が始まった1981年に出演者らが植えたものです。
倉本さんは20年ほど前から環境問題に積極的に取り組み、清掃活動を呼びかけました。
(倉本聰さん)「(環境問題に)しっかり取り組まないと、文明が進んだと威張っているだけじゃ、人類は迷惑な存在でしかなくなっちゃいますよね。そういうことを少しでも感じていただきたい」
(富良野とみ川 富川哲人さん)「先生が富良野に住んでくれて感謝しているし、ぼくは富良野に生まれて本当に良かったと思う」
富良野市にある布部駅。
2024年に廃線となった根室線にあった駅です。
「北の国から」で黒板五郎一家が初めて北海道に降り立った場所として知られています。
駅舎の前には倉本さん直筆の記念碑もあり、ファンの“聖地”となっています。
市内で観光業などを営む松原良成さん。
根室線廃線に伴い、取り壊される予定だった貴重な“聖地”を残すため、松原さんは地元の仲間と2025年、JRから布部駅の土地や建物を受け継ぎました。
(松原良成さん)「鉄道ファンとして残したいというのと、北の国からも好きだったのでここを残したいという思いが重なって」
松原さんは「北の国から」の撮影にエキストラとして参加したこともあるといいます。
(松原良成さん)「和気あいあいとしている現場がピリッとする、先生が来ると。突然締まるというか。偉大な方だと思っています」
布部駅には9月28日、倉本さんを偲ぶ献花台が設置されました。
(松原良成さん)「これだけ富良野というマチを全国に知らせたという功績は大きい。先生の遺志を引き継いで、こういうところを維持管理して、みなさんに喜んでいただけるように、富良野の発展を目指していきたい」
晩年まで精力的に作品を作り、人間の生き方そのものを問い続けた倉本さん。
葬儀はすでに近親者で執り行われ、11月3日に「お別れの会」を富良野演劇工場で開く予定です。
