北海道ライブ あさミミ!

今朝の放送内容 8月2日(火)

2022年8月2日(火)

8月2日(火)

今朝の主なニュース・スポーツ情報

●道内感染者4583人 全国13万9千人
●NPT再検討会議が開幕 岸田総理が演説
●西区で多重事故 直前に自転車はねる
●車から女性転落 運転手を不起訴
●東区で男児がはねられ軽傷
●阿武町振り込みミス 田口被告が保釈
●最低賃金の引上げ目安 全国平均31円
●資金提供問題 元理事側の手元に1億5千万円
●ウクライナの穀物輸出再開
●感染症法改正の議論はじまる
●北方領土返還運動 旭川で開催

●大リーグ・今季トレード期限があす午前7時 
 エンゼルス大谷翔平選手の行方に熱視線 
●2026年サッカーW杯 アジア出場枠が4・5から8・5に拡大
●アイスホッケー女子代表 五輪3大会連続主将
 苫小牧出身・大澤ちほ選手が現役引退
●野球・プロアマ記念試合 U23がアマ選抜に8-6で競り勝つ
 日体大・矢沢選手「二刀流」で輝く
●レバンガ今季初練習 チームスローガン「さあ、いこうぜ。」
●ファイターズ きょう旭川でソフトバンク戦 伊藤大海投手が先発

今朝の選曲

【6時台】
M「夏ざかりほの字組/ Toshi & Naoko 」

【7時台】
M「アイ・ウォント・ユー/サヴェージ・ガーデン」

  • 北海道ライブ あさミミ!

あさミミ!アラカルト~八幡淳のスポーツプレゼンス

八幡淳ならではの目線と感覚で
臨場感(プレゼンス)あふれるスポーツの話題をお伝えしています。

今回は『 日本女性選手初のメダリスト人見絹枝 』

先日まで行われていた世界陸上。20km競歩で山西利和選手が金メダル、
池田向希選手が銀メダル、35km競歩で川野将虎選手が銀メダル、
そして女子ではやり投げで旭川出身!われらが北口榛花選手が銅メダルを獲得しました。
特に北口選手はフィールド競技ではオリンピック・世界陸上通じても
日本女子初のメダルを獲得ということで歴史を作りました。
しかし、その北口選手の快挙の94年も前に日本女子選手初のメダリストとなった方がいます。
それが1928年の8月2日、アムステルダムオリンピック陸上女子800mで
銀メダルを獲得した人見絹枝さんです。

人見さんは1907年(明治40年)1月1日、
岡山県、現在の岡山市南区福成で人見猪作・岸江の次女として生まれます。
この頃人見家はイネとイグサを栽培する裕福な自作農家で、
絹枝さんは幼少期は魚とりや鬼ごっこをして遊び、
友人は女の子よりも男の子の方が多かったそうです。
小学生になっても「ボール遊び」ではいつも一番、男子を悔しがらせたり、
2階から飛び降りて下校するなど非常に活発な少女だったそうです。
一方で、学業成績も優秀でした。

1919年尋常科を卒業した後は「女子が学問をするなんて」と言われた時代に
父・猪作さんは高等女学校への進学を勧め、
倍率3.93倍の難関を突破し現在の岡山県立岡山操山へ入学。
翌年、1920年には岡山県立岡山高等女学校へ入学し、毎日約6 kmの道を徒歩通学します。
入学してすぐ、県のテニス大会で岡山県女子師範学校に負けたことに悔しさを覚え、
高価なラケットを購入して夜6時まで練習。
1921年5月の県テニス大会では、ペアで勝利。
「関西第一の前衛」、「テニスの人見さん」と讃えられたそうです。
人見さんはこのほかのスポーツも万能で、1923年の第2回岡山県女子体育大会では
走り幅跳びで非公認ながら当時の日本最高記録4m67で優勝。

1924年、二階堂体操塾に入塾し、塾長の二階堂トクヨさんから体育の指導を受けると
10月の第3回岡山県女子体育大会では三段跳で、当時の女子世界最高記録10m33を記録。
11月、全日本選手権では三段跳で10m38、やり投で26m37を記録します。
1925年同塾卒業後は京都市立第一高等女学校の体操教員(体操教師)として赴任する傍ら、
体操の実技講師として台湾各地を巡回するなど指導者としても活躍します。
この年の10月、第4回陸上競技選手権大会近畿予選では50メートル6秒8で優勝。
三段跳でまたまた当時の世界最高記録11m62を記録。
11月の第2回明治神宮競技大会では50m7秒0で優勝、三段跳びでも11m35で優勝します。

なぜ人見さんは、次々と記録更新できたのか、それは彼女の恵まれた体格に大きな理由があります。
二階堂体操塾に入塾するときの新聞記事には「身長五尺六寸(約170cm)」、
体重「十五貫(約56kg)」という記述があったそうです。
女性で170cmは今でも大きい方ですが、当時は男性でもなかなかいなかった170cm台ということで、
その恵まれた体格を生かした大きなストライドは最大の武器だったようです。

1926年には大阪毎日新聞社に入社、運動課に配属され、
その年の四大陸上競技大会-第1回女子競技では50m優勝、三段跳でも優勝。
5月の第2回関東陸上競技選手権大会では、100m13秒6で優勝。砲丸投で9m97の日本新記録。
第3回日本女子オリンピック大会では、走幅跳(5m6)、砲丸投(9m39)、
野球のボールの遠投で(25m)を記録。
6月、第2回女子体育大会では200mで27秒6、走幅跳で5m75の日本新記録。
模範競技として行われた400mリレーでは52秒2の日本新記録。
8月、アリス・ミリア主催の第2回国際女子競技大会には日本人としてただ一人出場し、
走幅跳で5m50の世界記録で優勝。
また立ち幅跳びでも2m47で優勝。円盤投では32m62で2位、100ヤード走は12秒0で3位、
60mで5位、250メートル走で6位(やり投と砲丸投は棄権)。
個人得点15点を挙げ国際女子スポーツ連盟の名誉賞を授与されたそうです。
1927年、谷三三五さんにコーチを依頼、するとさらに記録は伸び、
次々に陸上女子の記録を塗り替えます。

そんな人見さんに転機が訪れます。
1928年、この年に行われるアムステルダムオリンピックでは
史上初めて女子選手の参加が認められます。
しかし、参加が認められている競技はたったの4つでした。
(100m、800m、円盤投、走高跳)。
得意の走り幅跳びは競技種目になかったため、
人見さんはこの中で最も得意な100mに全てをかけていました。
7月30日、100m予選は1着で通過したものの、準決勝は12秒8でなんと4着。決勝進出を逃します。
全てをかけていた100mで敗れたその夜、毛布をかぶり一晩中泣き明かしたそうです。
「このままでは日本に帰れない・・」思いつめた人見さんは、それまで一度も走ったことのない競技、
800m出場を決意します。「自信は無い、それでも100mでの失敗を償いたい。」
人見さんは「日本で初めてオリンピックに出場した女子選手」という責任を重く受け止めていたそうです。

8月1日、800m予選を2分26秒2で2位通過。
迎えた8月2日、800m決勝。まだこの頃はスタートの仕方も様々。
その中、クラウチングスタートで勢いよく飛び出した人見さんは2コーナーで先頭に立ちます。
しかし、日本選手から「下がれ!」の声を聞き我に返ります「これは100mではなく800mだ」。
慌ててペースを落とし6番手をキープ。
そして残り1周、徐々にペースを上げバックストレートで4番手から3番手へ。
最終コーナーでは2番手へ。ドイツのリナ・ラトケ選手の姿を2m前方に見ながら
2分17秒6で2位。未経験の800mで銀メダル、
この瞬間日本人女性初のオリンピックメダリスト誕生となりました。
ゴール後に全員倒れ込んで動けなくなる姿を見て観衆からは大きな拍手が送られたそうです。

その後も人見さんは精力的に競技会へと参加しますが、
メダリストであるが故の他業務もこなさなければいけなくなります。
それが、「後進の育成」「講演会や大会に向けての費用工面」など。
先駆者ゆえの業務に忙殺されてゆくことになります。
そして、1930年。この年、国際女子オリンピック大会は好成績でしたが、
チームとしても前回大会やオリンピックに比べると結果が悪く、
新聞報道や手紙から日本での反応が冷たいことを選手達は知り深く傷つきます。
しかも半月の内に5つの大会が集中し、
正月までほとんど休みなく新聞社での仕事や募金へのお礼を行います。

そんな忙しさの最中、1931年3月6日、ついに病臥に伏し、3月25日に早朝から喀血、
極度の疲労から肺に水がたまる肋膜炎で入院。
病床にあっても「女子のアスリートが活躍する為には組織が必要である」という
今後の発展のことを常に描いていたという人見さんですが、
8月1日18時過ぎに病状が急変し、8月2日午後0時25分、
結核性肺炎の一種「乾酪性肺炎)」により亡くなります。
享年24歳。奇しくもアムステルダムオリンピック800m決勝の日から、
ちょうど3年がたった日のことでした。

8月2日は日本女子初のメダリスト誕生の日であり、命日でもあるのです。
先日銅メダルを獲得した北口選手が、自らコーチを見つけたように
女子の陸上界は未だ十分な体制が整っているとは言えない面もあります。
人見さんが天国で日本の女子アスリートを憂う状況にならないよう、
今日をきっかけにサポート体制が充実されることを願わずにはいられません。

毎朝6時半頃は「あさミミ!アラカルト」

月曜日は油野純帆ANが担当
「ローカル情報発信!あぶらのチェック」
北海道生活が2年目の油野AN。179市町村のことをもっと知りたい!という
好奇心から、その週にピッタリのご当地情報を紹介する超ローカルコーナーです。
 
火曜日が「八幡淳のスポーツプレゼンス」
臨場感あふれるスポーツの情報・話題・歴史を紹介していきます!
 
水曜日が「あさミミ☆リサーチ」!ですが、少しマイナーチェンジします。
毎週ひとつのテーマを設定。皆さんからメッセージをお寄せいただくコーナーになります。
テーマによってはツイッターでアンケートも実施していきます。
 
木曜日が「ナガイの北海道生活研究室」
永井ANがいまリスナーと共有したい「北海道の生活情報」を伝えていきます!
 
金曜日が「北海道応援!あやサポ」
上田あやが北海道で頑張る「ひと」にスポットライトを当て、全力応援していきます!
 
 

帰ってきた!《ツルハ ハッピーライフ 毎日笑顔》

今回のテーマ「 ちょっと遠出の旅グルメ! 」

帰ってきました!「ツルハ ハッピーライフ 毎日笑顔!」
7月と8月毎週月曜日の期間限定でお送りします!(全9回です)

今回のメッセージテーマは
「  ツルハハッピーライフ毎日笑顔~ちょっと遠出の旅グルメ! 」

食は人を笑顔にさせますね。
わざわざ遠出してまで食べたい”あの味”、皆さんありませんか?
その味にはどんな思い出が詰まっていますか?
さらに、いつもその流れで立ち寄る街やお店・風景など、
あなたの鉄板”ちょっと遠出の旅グルメ”お待ちしています!

メッセージをお寄せいただき、番組でご紹介された方には
JCBギフト券1000円分をプレゼントいたしますので、ぜひご参加ください!

メールはasamimi@stv.jp  FAXは札幌011-202-7290
「ツルハ ハッピーライフ 毎日笑顔 係」まで!
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    小学生夏休み作文コンクールのご参加お待ちしています!
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